日本画とは何か?
ーその答えの先に。弔い役としての日本画家ー

日本大学明誠高等学校研究紀要第32巻掲載

おわりに 

 最後に、私の敬愛するレオナルド・ダ・ヴィンチの次の言葉で閉めたいと思います。彼はかなりの数の解剖図を描いたことでも有名ですが、その図の一部に次の様な一節を書き込んでいます。
「こうした図(自身の解剖図)を見るくらいなら、実際の解剖を見る方がよいと言う者もいようが、これらの図の示すすべてをただ一体〔の解剖〕で見ることができるならば、その言い分ももっともであろう。だがその一体では、君がどんなに能力を発揮しても、ほんの僅かの静脈しか見られず、その程度の知識しか得られないであろう。・・・しかも、ただ一体では少しずつ仕事を進めるのに時間が足りなくなるので、完全な知識を得るために何体でも調べなければならなかった。しかも違いを見るために、私はこのことを二度繰り返した。たとえこの作業に情熱を注ぐとしても、おそらく君の胃が受けつけないだろう。よしんば胃に異常を起こさなくても、見るだに怖ろしい皮膚を剥いだ八つ裂きの死体と一緒に、夜の時間を仲よく過ごすことの恐怖に、おそらく参ってしまうだろう。またたとえそれを堪えたところで、こうした作図に必要な優れた描写力を君は具えていないかもしれない。また、描写する技術があったとしても、遠近法は持ち合わせないだろう。たとえ持ち合わせていても、幾何学的図示の方法や、筋肉の力と強さについて計算する方法を持ち合わせていないだろう。しかもなお君には忍耐力がなく、そのため刻苦精励はできないであろう。さてこれらのすべてが私に具わっていたかどうかは、私の書き著す百二十巻の書物が、その当否の判断を下すことになろう。これらの書物で、私を妨げたものは、食欲とか怠惰ではなく、ただ時間だけであったのだ。さらば。『レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図ウインザー城王室図書館蔵手稿より』」
 人類史上最大の天才と言われたダビンチの言葉として、あまりに凡庸な言葉ではないでしょうか。一つ一つの言葉が、「何体でも調べる」とか、「作業に情熱を注ぐ」とか、「死体と夜の時間を過ごす恐怖に堪える」とか「優れた描写力」とか、「遠近法」とか、「計算する方法」とか、「忍耐力」とか、「刻苦精励」とか、まるで、天才のイメージとはかけ離れたそのあまりのフツーさに驚きませんか。「いやいや、天才なんて誰にも理解できないし、自身のことを言うのだから、謙虚にいうのが当たり前だし、往々に天才は自身のことが見えてないもんだ。」というのも、そうかもしれません。    しかし、私はあえてレオナルドのこの凡庸な言葉を真に受けてみたい、信じてみたいと思うのです。絵を描くとはこんな当たり前のこと、誰も見向きもしないようなことを一つ一つ積み重ねる地味な作業のなんだと。
 その上で、「これらのすべてが私に具わっていたかどうかは、私の書き著す百二十巻の書物が、その当否の判断を下すことになろう。」今、私もそう思うのです。

<参考文献>
「実験と顕微鏡で再発見 絵画材料の小宇宙」橋本弘安 生活の友社
「絵画材料事典」美術出版社
「絵画表現のしくみー技法と画材の小百科ー」 美術出版社
「日本画の伝統と継承 素材・模写・修復」東京芸術大学大学院文化財保存学日本画研究室編 東京美術
「日本画用語辞典」東京芸術大学大学院文化財保存学日本画研究室編 東京美術
「日本画を学ぶ1(美と創作シリーズ)」 京都造形芸術大学編
「現代日本画の発想」 武蔵野美術大学日本画学科研究室編 
武蔵野美術大学出版局
「日本画(表現と技法)」武蔵野美術大学日本画学科研究室編 
武蔵野美術大学出版局
「第一回トリエンナーレ豊橋 明日の日本画を求めて」カタログ 豊橋市美術博物館1999
「日本文化史」家永三郎 岩波新書
「東西の風景画」カタログ 静岡県立美術館1986
「日本の風景・西欧の景観」オギュスタン・ベルク  講談社現代新書
「〜近代日本画の革新と創造〜 国画創作協会の画家たち展」カタログ 京都新聞社1997
「特別展 米国二大美術館所蔵 中国の絵画」カタログ 東京国立博物館1982 
「中国水墨画の精髄-その逸格の系譜-」吉村貞司 美術公論社
「日本美術の見方 中国との比較による」戸田禎佑 角川書店
「東洋の理想」岡倉天心(講談社学術文庫)
「天心とその書簡」下村英時編(日研出版)
「速水御舟の芸術展」カタログ 京都国立博物館1980
「興福寺国宝展 南円堂平成大修理落慶記念」カタログ東京国立博物館1997
「興福寺国宝展 鎌倉復興期のみほとけ」2004-2005
「金と銀-かがやきの日本美術-」カタログ東京国立博物館1999
「琳派」水尾比呂志 芸艸堂
「琳派」カタログ 東京国立近代美術館2004
「特別展 日本の水墨画」カタログ 東京国立博物館1987
「没後500年/特別展雪舟」東京国立博物館・京都国立博物館編2002
「ボストン美術館所蔵日本絵画名品展」東京国立博物館・京都国立博物館編1983
「日本の美 三千年の輝き ニューヨーク・バーク.コレクション展」日本経済出版社2005-2006
「改訂 東洋美術全史」松原三郎編 東京美術
「東洋美術史」監修=前田耕作 美術出版社
「やさしく読み解く日本絵画-雪舟から広重までー」前田恭二 新潮社
「日本美術館」小学館
「雪舟の『山水長巻』風景絵巻の世界で遊ぼう」島尾新 小学館
「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」カタログ東京国立博物館・日本経済新聞社編集2006
「目をみはる伊藤若冲の『動植綵絵』」狩野博幸 小学館
「北斎展」カタログ 日本経済新聞社2005
「鳥獣戯画がやってきた!国宝『鳥獣人物戯画絵巻』の全貌」カタログ サントリー美術館2007
「仏像 心とかたち」望月信成・佐和隆研・梅原猛 NHKブックス
「会田誠第二作品集 三十路」ABC出版
「下村良之介展-鳥の歌・翔く形象-」カタログ O美術館1989
「第三十九回日展図録第一科日本画」日展2007WSE
「レオナルド・ダ・ビンチの世界」池上英洋編  東京堂出版
「レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図」清水純一・萬年甫訳 岩波書店
「ものぐさ精神分析」岸田秀 中公文庫
「狼少年のパラドクスーウチダ式教育再生論-」内田樹 朝日新聞社
「14歳の子を持つ親立たちへ」内田樹・名越康文 新潮新書
「敗戦後論」加藤典洋 ちくま文庫
「これが答えだ!新世紀を生きるための100問100答」宮台真司飛鳥新社
「終わりなき日常を生きろ」宮代真司 ちくま文庫
「美術手帖1998 12特集マンガ」美術出版社
「美術手帖2000 3メイド・イン・ジャパン」美術出版社
「美術手帖1999 5村上隆スペシャル」美術出版社
「美術手帖2000 5二十一世紀建築、スーパーフラット」
「希望格差社会」山田昌弘 筑摩書房
「進化するアートマネージメント」林容子 レイライン

(なお、掲載いたしました氏名につきましては、すべて敬称を省略させていただきました。)


はじめに

1、日本画とは?

2、材質・素材からのアプローチ

3、属性からのアプローチ

4、歴史からのアプローチ

5、システムからのアプローチ

6、日本画とは?/結論

7、現在の日本画の問題点

8、今後の日本画の展望

9、私にとっての日本画

おわりに

<参考文献>

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