日本画家 伊東正次
「小沢・宮の桜」「合戦場の桜」
福島は桜の宝庫である。どのくらい宝庫かといえば、2、3回訪れたくらいでは、一つの町の桜を見て終わってしまう。それくらいたくさんの立派な桜が生えている。
4年前に福島県の法蔵寺さんで、襖絵の展示をさせていただいたことがある。震災後、何か東北でお役に立てることがあればと機会を伺っていたのだが、ご縁あって、本堂で展示をさせていただいた。福島で展示をする前に、東京の自分のマンションで展示を行い、その時の皆さんのご寄付を募って、三春町を伺った。2015年4月のことだ。ちょうど三春の滝桜が咲いている時期に合わせて展覧会を行ったのであるが、桜の開花は年によってばらつきがある。2週間ほどの展示の半ばくらいに滝桜の花は終わってしまった。世話をしてくれたNさんもこれでお客さんは減るだろうと予測したが、意に反して、お客さんが減らなかった。町の人たちが口コミで観に来ていただいたからだ。ありがたいことである。
その時のことは以前にも書かせていただいたが、ちょうどその折にご覧になったKさんが、絵を凄く気に入ってくれて、介護施設のロビーに飾るための絵を制作することになったのだ。3年越しでやっと絵が完成した。9月に絵を収めて来た。六曲一双。左隻が昼の桜だ。モチーフとしたのは、旧船引町にある「小沢・宮の桜」。それを手前に配し、奥に滝根山を描かせていただいた。地元の山だ。右隻は旧東和町の「合戦場の桜」を夜桜に三日月を描いた。
どちらも美しい桜であるが、実は、その桜でなくても良いと思っている。人それぞれの心の中に、それぞれの桜があるからだ。自分の家にある桜。近所の桜。幼い頃に観た桜。夫婦二人で観に行った桜。家族と訪ねた桜。それぞれが、それぞれの心の桜を持っている。直接的には僕の描いた屏風絵を見ているが、本当は一人一人の心の桜の風景と心の思い出を観ているのだ。絵とはそんなものだ。そして、桜という樹と花がことさら、日本人の心の琴線に響くのだと思う。
今回納めさせていただいた老人ホーム、元々は小学校があった跡地らしい。坂道を小学生の頃、駆け上がったことだろう。老人になってもう一度生活をするのだ。今度は駆け上がれないが、遠くには滝根山が見え、昔と変わらぬ風景を見ながら過ごすことだろう。ここのホームの名前は「さくらの里」だ。あそこに行くと「一年中、桜が咲いているよね。」地元の皆さんの心の故郷になってもらえることを願っている。
2年間続いた連載もこれでひとまず終了する。またどこかで僕の作品に巡り合ってもらえると嬉しいと思う。多謝。
(2018.10)
(日本画家伊東正次の襖絵)