七本松

岐阜県岩村町三森山

2005.7.23

 23日夜から25日まで岐阜の東濃地方にスケッチに出かけました。目的は三森山の七本松。山梨の小淵沢にある八幹松が枯死した後にしか出会えなかったことが、残念で。この松も山中にあるので、3年程前から見ておかなきゃと思いながら、やっと訪ねることが出来ました。

 観光協会に電話で「まだありますか?」と問い合わせた所、「ありますよ。」との返事。わくわくしながら、山に登りました。歩くこと30分。「あったー。」
 と、ところが・・・・。葉っぱがない。一枚もない。良く見ると、みきのあちらこちらが、禿げかかったようになっていて。樹の死亡をどこで判断するか、僕は分かりませんが、あるべきはずの葉っぱが一枚もないということは、枯死しているとしか考えられません。「ここもかー。」希望が大きかった分、その落胆も大きく。がっくりと肩を落としてしまいました。

 山の中にある松は、なかなか保護してもらえず、マツクイムシの被害に会いやすいのです。神社、仏閣にある樹は、それなりに大切にしてもらえるのですが、山中ともなると、だれが保護するか、から始まって、誰かが残さなきゃと言った時には、時すでに遅し。特に、現在の松のマツクイムシの被害は急速に進んでいます。本当にここ数年間で、なん百年と生きてきた松が、ばったばったと死んでいます。行く先々、90年に環境庁で調べた松が、半減していると言っても過言ではありません。七本松も、僕がネットで調べた結果は、ほとんど「健在」で報告されています。最新情報で2003年10月とありますから、その時までは、問題なくあったのでしょう。それから二年弱。もう少し早く来ておけば。返す返すも残念でなりません。というより、観れなかったことよりも、この樹を今後誰も観ることができない。というのは、「悔しい」の一言です。

 (言ってみても詮無いことですが、)実はこの樹、根から幹が3メートルくらい上にいったところで、7本に枝が分かれています。ということは、いわゆる目通りの幹周りは4メートルくらいしかありませんが、その上は10メートル近くあります。(測ったわけではないので、自身が「見た」印象と、他の方が述べている情報も合わせて鑑みてみて。)もし、この幹があと1.5メートル下から分かれていれば、幹回り10メートルの松ということになります。もし、そうならば、現在、全国で一番太い松の樹が7.5メートルくらいですから、日本一の可能性は十分あります。もし、そうであるならば、(ここが、言っても詮無い所でありますが。)行政ももう少し早く保護に乗り出していたかも知れません。(保護していたけど、食い止められなかったのか。それとも、対策が遅れたのか図りかねますが、)それにしても、力の入れ具合がかわったことでしょう。(現在、一番大きいといわれているのが、岩手県の「東法田の赤松」という樹ですが、全国の他の樹が倒れていく中で、日本一の松になって、町の指定から県の指定へ格上げになったいきさつがありました。)ほんとうに、馬鹿馬鹿しいような話ですが、でもそれが現実。

 せめて、幹と枝が残った姿を、そのまま見れただけでも良かった。と思うしかないのでしょうか(小淵沢の八幹松は倒壊していました。)返す返すも残念。

 帰りがけ、甲州街道をひた走りながら、山梨の一の宮を通りながら、これも数年前まで健在だった、立派な松が根っこから跡形もなく消えていました。この樹もスケッチしようと思いながら、ついに、その姿さえ見れなくなってしまったわけです。

 今、松の消滅に歯止めがかかりません。一本でも多く見ておきたい。そんな、消極的なアプローチしかできない自分の状況と、一本一本、行く先々で姿を消してゆく松の置かれた状況に

「情けない。」「情けない。」

その言葉をくり返しながら、山を下りました

                                    (日本画家伊東正次の襖絵)

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